Art Award Next Ⅱ ― アートアワードネクスト Ⅱ のお礼

|
今日は、アートアワードネクストの最終日でした。
作品の裏に、但し書きを貼忘れていて、急遽会場で制作をしました。萩の花を拡大して描いてみました。たいした人柄でもないのに、それを買って下さった某様、本当にありがとうございました。抱一の作品は是非是非調査させてください!江戸琳派は永遠に不滅だと思います。
そして最後の最後まで、林田様、迷惑をかけっぱなしですみませんでした!

アートアワードでのことや作品のことは、後日詳しく書きます。
と、申しますのも、私が恐ろしく世話になった先輩がいまして、ただ今会期まっただ中です。その様子がYahoo!ニュースにも掲載されておりまして、本日はイベント第一弾、練馬区立美術館野地先生との対談を拝聴してきました。 福岡にいる皆様や、ご来席出来なかった皆様にメモできた限りではありますが、その様子を以下の通りに詳しく書いていきます。 繰り返しますが、一部メモしきれなか
ったり、理解力の乏しさから御二人のトークの内容と若干ずれがあると思いますので、先にお詫びしておきます。何となくこんな感じと思っていただければよいかと。

まずは、時間になると、会場では、多くのお客様が詰めかけていました。熱気で暑かったです。 
野地先生は、「こんなに御来場頂けるとは」と驚いた御様子。 
田中先生も、「3人ぐらいかもと思っていたけれど」と、冗談を最初から飛ばしていまして、和やかな雰囲気で、始まりました。

始めに、野地先生から「田中先生は九州に普段は在住し、実は東京初デビューである」と、本個展と人物の紹介です。(だから田中先生は3人ぐらいしか来ないかも...と思われていたそうです)
そして、御二人の関係性を簡単に野地先生より話して頂きました。
「初めて(田中武先生の作品を)見たのは2年前のアートアワードネクスト、第1回展でみた。こんなに面白い人が九州にはいたのか、(田中先生は)ノーチェックだった。会いたい会いたいと思っていたら、(十六痴漢図)第2弾で豊橋のトリエンナーレで出品し、見事、大賞を射止めた。一挙に大物になりました」
と野地先生。話中に上がったアワードアワードネクストの作品と豊橋の作品位置を会場でお示しになりました。 
野地先生は、形や大きさが同じことを踏まえ、作品はどのようなシリーズかお尋ねになりました。 
「十六羅漢になぞって描いています。」
と、田中先生。田中先生によると羅漢とは厳しい修行をして煩悩を捨て去った(魂の)位の高い人とのことです。 16名描けば十六羅漢、500名描けば、五百羅漢とのことでした。日本には作家がいたが、元々は中国の絵画形式だそうです。「それ(十六羅漢)をなぞっていますが...本家の方は煩悩や欲望を棄てた。対してそれを丸出しにした人を描いた」と、十六痴漢図のテーマを説明して下さいました。
それから、作品の描き方について野地先生は、公募展での審査を勤めた時の様子を話されました。
「300点ある作品の中で、油絵と思った。岩絵具を使っているのは、相当なテクニック、『秘伝のタレ』のようなものがあるのでは」と、野地先生が質問をすると、そこまで言うほどのテクニックはないとおっしゃい、戸惑いながらも、『秘伝のタレ』の一味を田中先生は明かして下さいました。 
それによると、コーヒを防腐剤と混合して紙の地を生かしながら、古色付けをしていると言うことでした。彩色については水干(日本画画材の顔料)や岩絵具の粒子が細かいもを使用しつつも、日本画画材は、粒子が細かいと、色が淡く、田中先生曰く「パステル色」になってしまうとのことです。そこで、油絵具の顔料を使用する方法をとり、色の鮮やかさを保ちつつ、ごく薄く彩色するそうです。色を定着させるのには、アクリルと膠を使用するも、接着力から、膠をよく使用するとのことでした。 
話しはそれから、痴漢図のシリーズのことに戻りました。
それにしても...と、野地先生。
「痴漢シリーズはヤバイなと思っていた。」
との野地先生の感慨深げな一言に会場のお客様からはクスリと笑い声がしました。 
「作品集を作って画廊をまわっていました。それで困っていたので、この人たち(野地先生や山下裕二先生)に分かって欲しくて。(作品の評価を)うけるかどうかは分からなかったが、これでダメならもう終わりだという気持ちで描いた」
と田中先生。野地先生らに評価を受ける前は、画廊を京都や東京を中心にさ迷い、個展を開きたくとも出来なかったそうです。 作風が定まらなかったことも挙げつつ、展示や制作面でのこれまでの苦労をお話して下さいました。 一見、一気にかけあがり、作風が統一されているように見えて実は、前述した2作品を連作にしようと思うのには、随分と迷ったと言う事でした。

「食べ終わってお腹がいっぱいになった。なのにもう夕飯のことを想っている。」
それがきっかけで始まったシリーズだとの説明があり、「(痴漢図シリーズ第一作目、アートアワードネクストの受賞作品は)フライドチキンを持っているふくよかな女性の目線の先には、ツバメが飛んでいます。じつはそれは狙ってるんです...」
と、絵に描きこまれたツバメが、描かれた女性に食物の対象としてみられていたことが田中先生のお話により、発覚しました。鶏などを描こうとも思ったそうですが、あからさま過ぎるので辞めたそうです。

そこで、シリーズを見詰めていた野地先生が、ところで...とシリーズの共通点について一言。

「モザイクはいらない気が...。」
野地先生、聞き役に回りながらも、呟く一言が、またも観客の笑いを誘います。 まあ、本人のこだわりなんだからしょうがないか...と、納得しきれていない様子でしたが、田中先生が説得をしていました(笑) この件は面白かったです。
それから、痴漢図シリーズに共通して描きこまれている草花のアイデアはどこからか?との野地先生の質問に、狩野派の粉本に興味がありそこから引用したと説明しつつ、「自分がデッサンしたものも入っている」とのことでした。作品を会場で見受けましたが、粉本からか、本人のデッサンからかは区別がつきません。粉本を真似て描いたそうです。
今度は、豊橋での大賞受賞作について説明がありました。制作のきっかけは、風呂上がりの田中先生の妹が美顔パックをしたまま浴室から出てきた様子をみた時だそうです。
「羅漢は、顔の皮を剥いで、仏が出てくる。じゃあこの顔パックを剥いだ時は吉か凶か...と言う理由で顔面にモザイクをかけている」
とのことで、田中先生の妹さんが御来場なさっていない様子だから話せる話だとの本人の告白に皆様笑っていました。「美しいものや、綺麗なものの裏側には何があるのかがこの絵のテーマ」だそうです。

そこで野地先生より、 今後の痴漢図の展開についての質問が。 田中先生は、16枚描くことは決めていて、8枚ごとに図柄をひとくくりにして変えることは決めていても、どのような形で、どこで発表するかは未定とのことでした。
それから、今回の展示のために描き下ろした痴漢図シリーズの作品について、野地先生より質問が及びます。
まずは、大きなキノコが背景に描かれた作品から。 
女性の前ではこの作品は一番解説しにくい...と言葉を濁しながらも、「(タイトルにあるように)性の目覚めを描いていて、キノコはそう言うこと」と、少し小声で話していました。歯切れが悪そうに、少女が大人になる段階、大人に目覚めることや、目覚め方は人それぞれであることなどを話していました。田中先生は、話すこともさることながら、文章も絶妙ですので、この作品については、野地先生曰く「説明があった方が(作品に)いい」キャプションを読んだ方がいいかもしれません。
それから、シリーズの中央の作品について。満月の下、簡素な椅子に座りながら、爪切りをする後ろ向きの女性の姿です。落款も青く描きこんだと、田中先生から、これまでのシリーズとの細部にわたる共通点や違いが説明されました。
手前に描きこまれた草花はシリーズに共通するものですが野地先生曰く「ススキやガマなど背の高い、花の無いものを選んで(作品の中に描いて)いる」そうです。隠れると言う文字を隠すようなデザインを見掛け、それをヒントに着想を得たと田中先生。
「それから、モザイクはこの作品にはないのか?」
とそれを探す野地先生。実は、このトークイベントの直前に野地先生は会場に入られていて、御二人の打ち合わせなどは特になく、殆ど直感で絵についてお話をなさっているのです。
「耳のところに」と、モザイクの箇所を野地先生に教えつつ、そこで今回の個展のタイトルにもある隠れるという言葉について田中先生より説明がまずは簡単にありました。 実はこの展覧会のタイトルには仮タイトルで「遮断」とついていたそうです。作品については音も、自分の心も聞き入れない様子を描いたそうです。野地先生はそこで作品の感想を述べます。
「見せパン履けばよかったね」
「見せパンは、迷ったんです。」
「描いて良かったかも」
「作品(のイメージ)を(意識的に)大人しくしようとし過ぎたかもしれません。(北九州に)帰って描こうかな...」
と、みせパントークは、ちょっと御二人の中で盛り上がったらしく、ここもまた聞いていて面白かったです。絵としてどう作品を魅せるかについての話なのですが、描いていない方からは、全く違うように聞こえるかも知れません。例えば、絵を描かない友人の言葉を借りるなら「ヌードデッサンなんて卑猥!」と言ったところでしょうか。 
そして、となりの作品に解説は移ります。ゼロカロリーを食べる女性の絵です。傍らには山羊が、カスミ草を喰わえています。
この解説は特に好きでした。 田中先生曰く 
「(現代人は)食べるということは生きること。それは根本(的に生きるためには必要)なはずが、それが(生きるための食欲とは)反対になっていくのが面白い。」
そうで、「カロリーを0にしてまでも食べたいのか!?」
と、御自身も、カロリーオフのものをよく選ぶことがあると言いつつ、客観的には思うことのようです。 そこで、古典を引用し
「仙人は霞を食べて生きると言うので、もしかしたら、(現代人はある意味では)仙人に近付けている行為なのかも知れない!」
と思ってしまったそうで、画かれている山羊は、普通はビワや桃を差し出すのですが、「霞を食べる」仙人にかけて、霞草をくわえているそうです。 

こんな調子で、シュールである意味ではシニカルな軽快感ある作品の解説が続きますが、ここでひとまず前半は終了です。6時に東京を発ち、4時間あまり、携帯を片手に揺れる新幹線車内で会場のレポートを書くのも、いささか疲れてきました。 
私は、先輩とは全く作品が違いますが、作品も人柄も凄いなと素直にそう思います。そういう人がいて、活躍していることが、もって幅広く知れてほしいとついつい思ってしまいます。 自分の作品は、誰かが言ってくれたらいいやと。
ちなみに、トークイベント後に、尊敬し過ぎて話せなかった野地先生とようやく勇気を振り絞って話せましたが、ポートフォリオももたず自分のことはどこかへやってしまい、先輩のことをついつい聞いてしまいました。
と、言いますのも野地先生は今回はレポーターのようにして、田中先生の言葉を引き出していて、御自分の御感想をあまり述べていらっしゃらなかったと言うのもあります。しなしながら、私の作品とは全く違い、会場に詰めかけた人々は、一様に作品に感心をしていて、ではなぜ皆様は「感動」を作品に覚えるのか、田中先生の作品のどこが魅力的なのかを、言葉で聞いてみたいと言うのがありました。
作品が「何となく好き」としか言いようがなかったのですが、野地先生の言葉をお借りして、少し整理出来たように思います。 
「感動の種」がどこにあるのか、どうやったらその種を手に出来るのか考えたところで、結局は種は育てるものですが、種自体は、人に与えられるように思います。 
沢山の作品や出会いの旅になり、多くの種を手にすることができた2泊3日でした。


このブログ記事について

このページは、立木美江が2012年9月24日 03:07に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「Art Award Next Ⅱ ― アートアワードネクスト Ⅱ」です。

次のブログ記事は「「花もも」にて 扇マサ子さん初個展」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。