美術の窓に個展の紹介を掲載頂きました

|
「美術の窓」に個展の記事を書いて頂いたようです。
ご担当者様、ありがとうございます。
広告を出して下さったあらかわ画廊様にも感謝致します。
記事の内容についてはまた明日触れます。A様へのご返答も必ず。

10年ほど前、奇妙な夢を見ました。
西陽がさして、オレンジ色の病室でベッドにいて食事用のテーブルに絵の道具。自分は患者用の服をを着て、筆を持つ腕は細く、どうやら後はないらしい。友人や家族が駆け付けてくれるも、どうにもまだやり残したことがある気がする。面会は全て断ってひたすら花を描こうとしていました。
それまではどうして自分だけがいつもこうなのか、駄目な人間だからこんな目にあうのかと散々泣いて喚いていた癖にいよいよな時になった途端に本当にやりたいことや自分の気持ちが見えてきたのです。
画家としての成功だとか大層なものではなく、目の前の花と向き合い、一輪でも多く描きとめたかった。私よりも草花が絵の中では長生きしてほしいと思いました。その行為にどんな価値があるかなんて私にしかよく解らないようなもので、教科書に載るような立派なことでは無いと思います。
ただ、自分の生き方のようなものを最期まで通したいという思いを強く持ちました。
勿論ただの夢ですが、入院中でしたので、ちょっとリアルで印象的でした。
そう言えば、今回もまた入院したその日の夜には植物とスケッチ道具を一式揃えてもらい、翌日は動ける範囲で院内の植物を漁って、描きたいものに目星をつけました。翌日から退院まで毎日スケッチに出掛けては回診の時に不在だったりして。とんだ不良患者だったと同室の患者さんに心配をかけて反省しました。
外来患者の受付近くに飾られたバラやレクレーション室に備え付けの良くできた造花、図書館の机に生けられたカスミソウなど、病棟は生花を禁止されていましたが、それをどこかしらで見付けることに躍起になっていました。
そんな折りに特に気に入ったのは夜の帳の降りる頃の病棟の屋上庭園です。パンジーが色とりどりに花開いていました。パンジーの花は赤や青、紫に茶色、黄色に白と一輪一輪の模様や色合いが全く違ってどれを描こうか迷いました。
やはり深い秋に羽織るものもなく入院着では寒く、それなりの体調だったのですがスケッチをする間は全く気になりませんでした。
そう言えば、屋上からは私の実家も見えていたはずで、少しは感傷に浸って家に帰りたいという気持ちが沸きそうなものが、全くありませんでした。やはり未だにあの病棟の誰もいない屋上庭園からみた青紫に染まる夜が始まるころの空や我が街の初めて感じた美しさが頭から離れません。
私のための場所だったと。
退院時には全ての花を描ききれなかったことに名残惜しさすら感じてしまいました。

いつでも叶いそうな日常的な事の繰返しが人を満たしてくれると実感しました。
その辺の花が咲いていたのを見て嬉しくなる。人としてそれで十分だなと。


※校閲・掲載 Artplayer

このブログ記事について

このページは、立木美江が2012年12月20日 21:56に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「絵画教室で年賀状を作りました。」です。

次のブログ記事は「スケッチについて」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。